神の永遠性と遍在性は論理的に可能か?無神論からの批判的検討
はじめに:神の属性と無神論からの視点
無神論や懐疑論の立場をとる皆様にとって、神の存在を証明しようとする様々な議論(神存在証明論)は、しばしば前提とする神の性質や属性に論理的な問題を抱えているように見えるかもしれません。たとえば、神が全知全能であるという概念自体に、論理的なパラドックスが含まれているのではないか、といった疑問です。
この記事では、神存在証明論においてしばしば前提とされる神の重要な属性である「永遠性」と「遍在性」に焦点を当て、これらの概念が抱える論理的な問題点について、無神論や懐疑論の視点から批判的に検討を進めていきます。感情論ではなく、あくまで概念の定義や論理的な整合性という観点から議論を深めていきましょう。
神の永遠性とは?二つの解釈とその問題
神の永遠性(eternity)という概念は、神学や哲学において様々な解釈がなされてきました。大きく分けて、以下の二つの主要な考え方があります。
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時間の中での無限の持続(Semper Aeternitas / Everlastingness): これは、神が過去から未来へと続く時間の流れの中に存在し続け、始まりも終わりもない、という考え方です。時間と共にあり、出来事を経験し、変化する可能性を含みますが、その時間軸が無限であるとされます。
- 論理的問題点:
- 無限の経験と記憶: 無限の時間の中で、神は無限の出来事を経験し、記憶し続けるのでしょうか?有限な概念である記憶や経験が、無限の時間スケールでどのように機能するのか、あるいは意味を保つのかは不明瞭です。
- 変化の可能性: 時間と共に存在するなら、神は何らかの形で変化するのでしょうか?もし変化しないなら、時間の中に「存在する」とはどのような意味でしょうか?変化するなら、それは一般的に考えられる「完全不変な神」という概念と矛盾しないでしょうか?
- 相互作用: 時間の中に存在する存在が、どのようにして時間外の視点を持つことができるのか、あるいは未来の出来事とどのように相互作用するのか、といった点が問題となり得ます。
- 論理的問題点:
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時間外にあること、非時間性(A-temporal Aeternitas / Timelessness): これは、神が時間という次元そのものの外に存在する、という考え方です。過去・現在・未来という区別がなく、すべての瞬間を同時に把握している、あるいは時間が神にとっては存在しない、とされます。
- 論理的問題点:
- 時間内の出来事との関係: 時間を持たない存在が、時間の中で起きる出来事(宇宙の創造、人間の歴史、個々の祈りなど)とどのように関係するのでしょうか?時間外にある存在が、どのように時間内の出来事の原因となったり、介入したりするのかは理解困難です。原因と結果は通常、時間の順序に基づいています。
- 意識と経験: 意識や経験、思考といった概念は通常、時間の経過と結びついています。時間外にある存在が、これらの概念をどのように持つことができるのか、定義が困難です。例えば、神は「考えた」後に「行動する」といった時間的な順序を持つのでしょうか?持たない場合、その「思考」や「行動」とはどのようなものでしょうか?
- 自由意志との両立: 人間の自由意志を認める場合、神は未来の出来事を決定したり、あらかじめ知っていたりするのでしょうか?時間外にすべての瞬間を同時に把握しているなら、未来は既に確定していることになり、人間の自由意志と矛盾する可能性が指摘されます(全知性との関連も含む)。
- 論理的問題点:
神の遍在性とは?空間的な問題点
神の遍在性(omnipresence)とは、神が「どこにでも同時に存在する」という属性です。これもまた、様々な解釈が可能です。
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物質的遍在: 神が物理的な空間のすべての点に同時に物質的に存在する、という考え方です。
- 論理的問題点:
- 物理的な制約: 物理的な実体が空間のすべての点に同時に存在することは、私たちの知る物理法則(例: 質量を持つ物体は同時に一つの場所にしか存在できない)と矛盾します。これは、神を物理的な存在として捉える場合の深刻な問題です。
- 相互作用: 物理空間に遍在するなら、神は物質とどのように相互作用するのでしょうか?あらゆる物質と重なり合う、あるいは影響し合う場合、私たちの世界の安定性はどのように保たれるのでしょうか?
- 論理的問題点:
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非物質的遍在: 神は物理的な実体としては遍在しないが、その影響力、意識、あるいは存在のある種が空間のあらゆる場所に及んでいる、という考え方です。
- 論理的問題点:
- 「存在」の定義: 物理的な実体ではない存在が空間に「遍在する」とは、具体的にどういう意味でしょうか?単に影響力が及ぶというだけなら、「遍在」というよりは「普遍的な影響力」と呼ぶべきかもしれません。
- 空間概念との関係: 空間は通常、物質的な存在やエネルギーの配置によって定義されます。非物質的な存在が空間そのものに「存在する」という概念は、私たちの空間理解とどのように整合するのでしょうか?ある場所と別の場所で「同時に存在する」とは、非物質的な存在にとってどのような状態を指すのでしょうか?
- 論理的問題点:
永遠性と遍在性の組み合わせによる論理的困難
永遠性と遍在性という二つの属性を組み合わせると、さらに論理的な困難が生じます。
- 時間外にある(非時間性)かつ遍在: 時間を持たない存在が、時間と空間を持つ物理的な宇宙のあらゆる場所に「存在する」とはどういうことでしょうか?時間も空間も超越しつつ、時間・空間内の出来事に関与するという概念は、私たちが持つ時間・空間、原因・結果の理解とは根本的に異なります。これを論理的に整合性のある概念として定義することは極めて困難です。
- 時間の中に無限に持続する(永遠性)かつ遍在: 無限の時間を生きる存在が、同時に空間のあらゆる点に存在する、というのもまた直感や私たちの論理からはかけ離れた概念です。無限の時間の中で刻々と変化する宇宙のあらゆる場所で、同時に存在し続けるというのは、時間と空間の概念をどのように理解すれば可能なのでしょうか。
無神論・懐疑論からの批判的視点
無神論や懐疑論の立場から見ると、神存在証明論が特定の属性(永遠性、遍在性など)を持つ神を前提としている場合、その議論は前提そのものが論理的に整合性を欠いている可能性があります。
- 概念の不明瞭さ: 「永遠性」や「遍在性」といった概念が、上記のように複数の解釈が可能であったり、私たちの論理や物理的な理解と衝突したりする場合、それらは明確に定義されていない、あるいは自己矛盾を含んだ概念である可能性があります。
- 証明の基盤の弱さ: もし神の定義に含まれる属性が論理的に問題を含む場合、その定義に基づいた神の存在証明は、論理的な基盤が脆弱であると言えます。例えば、「時間外にあり、かつ遍在する存在」が論理的に不可能であるならば、そのような存在としての神は存在しえない、あるいは少なくとも存在証明の対象として適切ではない、ということになります。
- 証明責任: 神の存在を主張する側が、その主張に含まれる概念(神の属性を含む)が論理的に整合性があり、明確に定義されていることを示す責任があります。無神論や懐疑論者は、これらの概念が抱える問題点を指摘することで、証明責任を果たすよう求めることができます。
結論
神の永遠性や遍在性といった属性は、多くの神学や神存在証明論において基本的な前提とされています。しかし、これらの概念を論理的に深く掘り下げると、「時間の中での無限の持続」であれ「時間外にあること」であれ、「物質的遍在」であれ「非物質的遍在」であれ、それぞれが深刻な論理的な問題や、私たちの宇宙理解との不整合を抱えていることが明らかになります。
これらの属性が明確に定義できない、あるいは自己矛盾を含んでいる可能性があるという事実は、それらを前提とした神存在証明論の論理的な妥当性に疑問を投げかけます。論理的思考を重視する無神論者や懐疑論者にとって、神の存在を論じる際には、このような神の属性概念自体が抱える論理的困難さにも目を向けることが重要であると言えるでしょう。
神存在証明論を評価する際は、提示された議論の推論形式だけでなく、それが前提としている神の性質や概念が、論理的に首尾一貫しているかどうかも厳しく検討することが求められます。